2025,1,15
人生においてターニングポイントはいくつかあるのですがその中のひとつの話。
少し恥ずかしい過去の話なのですが、よければ聞いてやってください。
はるか昔の出来事です。
私は高校生時代に美大受験を失敗しました。
その後は浪人もせずフラフラとフリーターをすることとなります。
友人が先にバイトしていたショッピングモール内のスーパーの惣菜コーナーでした。
自宅から原付バイクで10分ほどの距離です。
高校生の時から原付は乗っていて、中型免許取るために教習所にも通っており、
バイトは単車を買いたかったという目的もありました。
結果それは延期となるのですが。
そんな日常使用の原付で何回か軽い違反を重ねてしまい点数がなくなり、
講習のお知らせが来ていましたがそれも今思うとと愚かなことに無視していました。
その結果免許停止という処分が下されます。
まったくダメダメなフリーターです。
その年の秋の日のことです。
バイトが終わった23時ごろ、いつものように原付(無免許状態)でバイト先を出ますが、
これもまた愚かですが友人と2ケツで出発しました。
(免許停止だったり2ケツしたりと、若気の至りとはいえ完全なルール違反です。
当然ですが、法令はしっかり遵守しないといけないことを理解しつつお読みいただけますと幸いです。)
そうすると出発したすぐの交差点で警察がいることに気付き、
すぐさま友人は原付から飛び降り、私はそのまま交差点へ。
どうやら検問でした。
警察に呼び止められ、免許の提示を求められます。
免許停止とはいえ、免許自体は所持してるので恐る恐る免許証を警官に提示します。
少し調べてられたのち、
「お前、免許停止じゃないか!無免許だぞ!」
とそれは当然の叱責を受けます。
続けて仕事はなにしてるんだ?と聞かれ、
「バイトです」
と答えたら
「ああ、無職ね」
と意外な返答がきました。
その瞬間、
「え?自分って無職なの?
バイトって無職?
無職ってことは社会に何も貢献してない人間なの?」
と自分の存在意義、存在価値が否定されたという事実にいたくショックを受けました。
(現在はバイト=無職という捉え方なのかは知りません)
そんなショックを受けてる私に警官は、
「バイク乗せられないから家まで送る。それで親を呼べ」
と言われ、そのままパトカーに連行されました。
私の原付はもう1人の警官が乗って行くことに。
そんな一部始終を遠目で見ていた友人はたいそうビビってたそうです。
19歳の秋、初めてパトカー乗りました(それ以降もありません。念の為)
なかなかない経験です。
パトカーで家まで送還です。
タクシー代わりとまではさすがに思いませんでしたが。
途中、信号待ちしてたら対向から暴走族のバイクが何台かやってきて、信号無視して右折して行きました。
しかしこのパトカーは動きません。
「おい!こいつらはつかまえんのかい!」
と心の中で突っ込みました。
暴走族よりこの善良(?)で従順な市民の方が悪なのかと。
そんなこんなで家に到着し、
「ちょっと警察がきてるんで、、」
と寝てる父親を起こします。
父親がパトカーに行ってる間、
自分はひとり静かなダイニングで落ち込んでいました。
そんなタイミングかよ、というように飼い猫がその日出産してたみたいで、
産まれたばかりの子猫達をうなだれてじっと観察するばかりです。可愛かったです。
怒られるんだろうなー、とある程度覚悟はしてたのですが、帰ってきた父親は意外なことに、
「まぁ、そんなこともあるよ」
とそんな一言でうなだれる自分を慰めてくれる優しい言葉。
寛容ー!ってちょっと感動すらしました。
たぶん眠かったのかもしれません。
それからです。
存在価値を否定された私は
「俺はこれからいったい何をしたらいいのだろう?
何がやりたいんだ?
うーん、、、
うーん、、、
そうだ!やはり絵が描きたい!
絵を描く職業につきたい!
それにはもう大学は間に合わない、、
絵を描く職業ってなんだ?
イラストレーターか?
それを学ぶにはイラストの専門学校か!」
とシンプルな自問自答の末、
絵を描く!という選択をし、
そのために学校に行く!
という行動をとるに至りました。
そんな決断を恩師に相談しながら、そして晴れて次の年の春より
デザイン系専門学校でイラストを学ぶこととなります。
免許についても、その後父親と共に裁判所へ出向き、
手続きと猶予期間をもって手元に返ることになりました。
という、思い出深い事柄ですが、こんな出来事が人生を選択、
決断するきっかけになりひとつのターニングポイントだったなと振り返ります。
スイッチが入った瞬間でもありました。
警察に止められパトカーに乗り、暴走族は放任、親は優しく、猫が産まれる、
そんなタイミングも自分を前に進めるための神の思し召しだったのかもしれません。
何がきっかけになるかわからない。
狙ったわけではなくそんなタイミングがやってくるのも不思議な縁だと思います。
そのとき神の存在を感じたとか感じなかったとか。
そんなお話でした。